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振り向かせる神

2024.3.31.イースター礼拝

イザヤ65:17-20、ヨハネ20:11-18

「振り向かせる神」浅原一泰

 

 見よ、私は新しい天と新しい地を創造する。先にあったことが思い出されることはなく心に上ることもない。しかし、私が創造するものを代々とこしえに楽しみ、喜べ。私はエルサレムを創造して喜びとし、その民を楽しみとする。私はエルサレムを喜びとし、私の民を楽しみとする。そこにはもはや、数日の命の乳飲み子も、自らの寿命を満たさない老人もいなくなる。百歳で死ぬ人は若者とされ、百歳にならないで死ぬ者は呪われた者とされる。

 

マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中をのぞくと、イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が、一人は頭の方に、一人は足の方に座っているのが見えた。天使たちが、「女よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは言った。「誰かが私の主を取り去りました。どこに置いたのか、分かりません。」こう言って後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。イエスは言われた。「女よ、なぜ泣いているのか。誰を捜しているのか。」マリアは、庭の番人だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか、どうか、おっしゃってください。私が、あの方を引き取ります。」イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。イエスは言われた。「私に触れてはいけない。まだ父のもとへ上っていないのだから。私のきょうだいたちのところへ行って、こう言いなさい。『私の父であり、あなたがたの父である方、また、私の神であり、あなたがたの神である方のもとに私は上る』と。」マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「私は主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。

 

 

先々週の木曜から先週水曜日までの一週間、初等部、中等部、高等部から参加を希望した生徒たち15名を連れてフィリピンに滞在していた。なぜフィリピンかというと、青山学院はチャイルド・ファンド・ジャパンという組織を通じて現地の就学困難児童、つまり経済的な理由から教科書を買えない子供が買って学校に通えるよう現地の子供たちの何人かを支援していて、中等部では6人のチャイルドの学習支援をしているが、その子たちの現実の生活、暮らしぶりを目の当たりにして彼らの苦労を肌で知って交流を深め、フィリピンの現状を知って支援の意味とは何なのか、またそのような異文化の人々と共に生きるとはどういうことかを深く考える、というのがこのプログラムの目的であった。

パナイ島、ギマラス島、ルソン島と三つの島を巡り歩いたが、帰国前日、つまりプログラムの最終段階でルソン島マニラの北にあるスモーキーマウンテンという劣悪なスラム街を訪問した。スモーキーマウンテンとはマニラ中のごみが積み上げられた山のことであるが、そこに家もなく仕事もなく収入を得る術もない人々が島中から集まり、バラックなどを作って住んでいる地域である。中でも余りの劣悪な環境に驚かされたのは、橋の下にどうにかこうにかバラックをこしらえてその中に数多くの家族が密集して住んでいたことだった。フィリピンは台風によく襲われる。大量の雨が降って川の水位が上がると橋の下は簡単に冠水してしまう。昨年だったか、バラックに住んでいた5,6歳の男の子が溺死してしまったと、最高齢の老婆が無表情で語っていた。その心の奥底には言葉にならない悔しさや悲しさ、過酷な現実を黙って受け入れるしかない空しさがうごめいていたようにも思う。同じ人間なのに住んでいる国や地域が違うだけでなぜこんなにも命の扱われ方が違ってきてしまうのか。これは参加したある中学生がこれからも考え続けたいと言って提出したテーマであった。

 

愛する者を失う辛さ、言葉で表現できない悲しさというものは教会の牧師をしていた頃、数多くの葬儀を司式したことを通して何度も思い知らされた。現実は、安らかに永遠の眠りに就かれた、という方々ばかりではない。死の間際まで癌の痛みに呻き苦しみ、まさしく断末魔の状況で息を引き取られた方もいる。確か小学校五年生だった娘さんを「行ってらっしゃい」と学校に送り出した後、ご自身の仕事場で突然クモ膜下出血を発症して帰らぬ人となった若い母親もいた。また、葬儀をしたわけではないが、高校一年の時に教え子だったある女子生徒が高校三年の文化祭の最中、自宅で突然息を引き取った、ということもあった。学校中が激しく動揺し、彼女の死に対して誰も、何も口に出せないような緊迫した状況の中、学校の礼拝の中で私はあの死んで葬られたラザロの墓の前でイエスが涙を流される場面の聖書を取り上げ、「この病は死で終わるものではない」とイエスが言われていたこと、命には、死をもってしても決して終わらせることのできない本来神が与えた命があること、だからイエスはラザロをよみがえらせたこと、亡くなった女子生徒は死んではいない、その命を皆よりも一足先に生きて、皆を待っていてくれているのだ、と伝えた。そのあと、彼女と親しかった同級生たちから何度も「先生、ありがとう」と言ってもらえたことが本当にありがたく、主に感謝したことを思い出す。ただ、所詮それはその時だけそう思ってもらえただけのことであって、現実には息を引き取った彼女は帰っては来ない。生きていれば彼女は今29歳。更にその6歳下にも、高校在学中にリンパ腫を発症し、大学には進学したものの卒業の頃に息を引き取らざるを得なかった女子生徒がいた。愛らしく、素行も授業態度も抜群に良かった彼女は多くの教師たちから愛されていたし、愛校心も強かった彼女の遺言で、彼女の亡骸を乗せた車が火葬場に向かう際、青学の正門前を通って停車したと聞いた。その子から病状のことを相談され、LINEはつながっていたものの、祈っているよと私から返事を返しただけで途絶えてしまった。失われた命は戻っては来ない。現実が突き付けるその事実を黙って受け入れるしかない自分、もしかしたら別のことを思いめぐらして答えをはぐらかそうとしているかもしれない自分がここにいる。同じような状況に立たされたら、おそらく誰もがそのように感じるのではないだろうか。皆さんも同じなのではないだろうか。

 

 

先ほど読まれた聖書、ヨハネ福音書の中でイエスの亡骸が納められていたはずの墓の前でマグダラのマリアが泣いていた。それは、イエスの亡骸が墓の中から何者かによって取り去られてしまっていたからである。彼女は七つの悪霊にとりつかれるほど罪深い女であり、それらの悪霊すべてをイエスに取り除いてもらったとも別の福音書に紹介されている。彼女についてかつてイエスは「この人が多くの罪を赦されたことは、私に示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない」(ルカ7:47)と語っていた、とも言われる。このマグダラのマリアは、ドストエフスキーの小説「罪と罰」に登場する娼婦ソーニャのモデルと言われる。働くことも出来ない飲んだくれの父と、数多くの弟妹を抱えながら、幼い兄弟たちを食べさせるために娼婦へと身を落とさざるを得ないのだが、それでも人としての誇りというか人間らしさを失うことなくかろうじて前を向いて生きていられたのは彼女が純粋に、ひたすらイエスを信じていたからであった。小説では、貧しい者たちから金銭をかき集めて私腹を肥やしていた金貸しの老婆を殺害した主人公ラスコーリニコフがソーニャと出会い、神を信じたところであなたとあなたの家族の生活の何が変わるのかと彼は彼女に向かっていじわるな、しかし現実的質問を投げかけるのだが、結局はみかけは娼婦であってもソーニャの純粋で真っすぐな生き方が殺人者ラスコーリニコフを回心させていくことになる。

 

このマグダラのマリアがイエスの墓を訪れることはどの福音書にも書かれているが、最も古くに記されたマルコの福音書と最後に記されたこのヨハネ福音書には大きな違いがある。マルコ福音書では、墓の中にイエスの亡骸がなく、代わりに白く長い衣を着た若者がいてマリア、そして一緒にいた数名の女たちに、「あの方は復活なさってここにはおられない」と告げると、恐怖の余り彼女たちはいっせいに墓から逃げ出したところで福音書は終わっている。しかしこのヨハネでは、イエスの亡骸がそこにはないことを知ってマリアは墓の外に立って泣いていた。しかし逃げ出してはいなかった。おそらくイエスを慕う思いの余りの強さが彼女にそうさせていたのであろう。

 

イエスの遺体がそこにはないと知って墓から逃げ出していく人間の姿。私はそれは、「死んだ人間が生き返ることなどあり得ない」、「復活などあるわけがない」と決めつけている人間の姿を物語っているのではないかと思っている。実際に、クリスチャンが人口の1%にも遠く満たないこの国の多くの者たちにとって、今日のイースターなどただの日曜日と何の変りもないだろう。その人たちに何の悪気もないのであるが、彼らが教会に来ることも礼拝に与ることもない。しかしその中で、皆さんのようにクリスチャンを始め一部の人たちだけは教会に集まっている。主イエスに対する何らかの思いがそのように皆さんの背中を押しているのだろう。ただ、そうであっても実際に皆さんがイエスの復活を信じているかと問われるなら、正直答えに詰まる方がおられるのではないか。漠然とした思いのまま、答えが分からないまま、この場に座っておられる方が殆どなのではないか。実は私自身もそうである。

 

先ほどの聖書では、泣いていたマリアに、墓の中にいた天使たちが「なぜ泣いているのか」と尋ねていた。私たちもこの主の日、この礼拝において今、「なぜ分からないのか」と尋ねられているのかもしれない。もしかしたらそのように問われ、諭されているのかもしれない。しかしマリアはこの時、一度振り向いている。するとマリアには、そこにイエスが立っているのが見えたというが、それがイエスだとは分からなかったという。しかしそのマリアに今度はイエス自らが語りかけていた。「女よ、なぜ泣いているのか。誰を捜しているのか。」その声の主をマリアは園の番人か庭師だと思ったらしい。「あなたがあの方を運び去ったのなら、どこに置いたのか教えて下さい。私があの方を引き取ります」とマリアは訴える。この時のマリアには、目に見える現実の世界しか見えてはいなかった。イエスはもうとっくに死んでいる。そうとしか思えない価値観に彼女は縛られていた。

 

このイースターの日に教会へと足を運んでいる私たちも、もしかしたら一度は振り向かされているのかもしれない。だから礼拝に与る者とされているのかもしれない。しかしそこで「なぜ分からないのか」と尋ねられているとしたら、依然として私たちも、「死んだ人間が生き返ることなどあり得るはずがない」「だから分からなくて当然ではないか」と叫びたくなる思いに縛られたままの自分を目の当たりにするであろう。

ではなぜ縛られたままでいるのであろうか。それは、この時のマグダラのマリアも、そして私たち自身も、復活の主イエスと出会ってはいないから、なのではないだろうか。目には見えなくてもイエスは教会の只中におられる、と教えられて来た。マリアも十二人の弟子たちも、「私はいつまでもあなたがたと共にいる」という言葉をイエス自身から何度も、事あるごとに、聞かされていた。イエスが十字架にかかる前まではその言葉を彼らも信じていただろう。しかしイエスが息を引き取られた今、せめてイエスの墓の前に来ればその言葉を味わえると思っていたのに、その亡骸が墓の中から取り去られてしまった今、マリアも弟子たちも誰もその言葉を信じられなくなっていた。愛する者を失った経験を持つ方々なら痛いほど身に染みておられる「死」という現実が突き付ける重い事実に、この世しか見えていない我々人間は誰もが身動きできない程縛り付けられてしまっている筈である。それが我々の現実の姿であることを誰も、否定することはできないだろう。

 

しかし、である。イエスは、イエスを通して神は、我々人間が死の現実、それがもたらす恐怖に束縛されてしまっている現状を決して良しとはされない。初めの人間アダムが罪を犯したが故に誰もが命は死んだら終わりだと思い込んでいる状態にある人間をイエスは、イエスを通して神は見放すことができない。見放すどころかむしろ、名前を読んでもう一度振り向かせるのである。「マリア」と再び彼女に呼びかけることで、死からよみがえっておられる復活の主イエスは、自らがマリアにとってのラボニ、かけがえのない先生に他ならないことに気づかせるのである。それだけではない。感激の余り主に寄り縋ろうとするマリアを押しとどめてイエスは、この世しか見えていない彼女に、『私の父であり、あなたがたの父である方、また、私の神であり、あなたがたの神である方のもとに私は上る』と告げて、目に見えるこの世に縛り付けられていた彼女に、肉の目には決して見えない神の国へと目を向けさせる。その神の国に招き入れられた時にこそ、その者たちが初めて実感できる永遠の命、主イエスの復活の命へと目を開かせるのである。それは、マリアの心の中にあのイザヤの言葉が、「見よ、私は新しい天と新しい地を創造する。先にあったことが思い出されることはなく心に上ることもない。しかし、私が創造するものを代々とこしえに楽しみ、喜べ。私はエルサレムを創造して喜びとし、その民を楽しみとする。私はエルサレムを喜びとし、私の民を楽しみとする。そこにはもはや、数日の命の乳飲み子も、自らの寿命を満たさない老人もいなくなる。百歳で死ぬ人は若者とされ、百歳にならないで死ぬ者は呪われた者とされる」というあの言葉が、鮮やかに描き出される瞬間に他ならなかった。

 

まさしくそれは神の業であった。二千年前のマグダラのマリアに向けられた神の奇跡であった。時の流れと共に過ぎ去り行く現実のただ中で、神の奇跡がその人に、この時のマリアに起こり得る瞬間に他ならなかった。しかしその奇跡が起こった瞬間、マリアは泣くのを止めていた。悲しむことを止めていた。それどころか喜びをもって希望に溢れて、別のところにいた弟子たちに向かって一刻も早く「主が生きておられる」ことを、死をもってしても命を終わらせることなど出来ないという、主イエスにおいて鮮やかに示された神の業を告げ知らせる者へ、とマリアは変えられていくのである。