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神への道、キリスト

 2022119日(左近深恵子)

 

 11月第二週の礼拝は、永眠者記念礼拝として捧げます。信仰において生涯を歩み通され、私たちに先立って神さまに召された美竹教会の会員の方々を特に覚えて礼拝をささげます。しかしまた、礼拝はいつでも大切な方々を思い出す時でもあります。その方がよく座っておられた席や、好きだった讃美歌によって、礼拝を共にささげた宝物のような記憶がふとよみがえります。別れは突然訪れたり、思いもよらない仕方であったりします。あの日の礼拝があの方と一緒に守る最後の礼拝になってしまうとはと、共に守った礼拝の時を悲しみと共に思い起こすこともあります。誰にも、いつかは分かりませんが地上で守る最後の礼拝が来ます。自分自身の体調や年齢を思い、もしかしたらここに来て皆さんと共に捧げる地上の礼拝はこれが最後となるかもしれない、次の主の日、再びここで礼拝を捧げることはできないかもしれない、そのような静かな覚悟を抱きつつ、一週間、礼拝へと招いてくださる主のみ前に立つために、生活と体調を整えてここに来られる方も少なくないと思います。聖書の言葉を取り次ぐ説教者たちも、今日皆さんと主に捧げる礼拝と同じ礼拝は二度とない、そのような思いでここに立ちます。礼拝は、死を覚えながら今日を生きる私たちの今を支え、礼拝から始まる信仰生活を支えています。礼拝によって新たにされ、力づけられて、また歩み出します。

 

 この一年の間に、主のみもとへと旅立たれた教会員の方は、Hさんです。ご家族に支えられながら、この数年、病院や施設で療養をしておられ、昨年の1122日、80年というこの世の旅路を終えられました。長老として教会の中心で教会を支えてこられ、現任長老でなくなられてからも、財務委員会、信音編集委員会の委員をしてくださいました。教会学校の働きも担ってくださり、礼拝の子どもメッセージでは、丁寧な準備に基づいた深い、しかし柔らかい語り口で、子どもたちに語ってくださいました。礼拝堂で座っておられる姿、帽子をかぶって会釈をしてお帰りになる姿を思い出します。

 

 Hさんのご家族は、Hさんのご祖父母とご親族、Hさんのご両親、そしてHさんご夫妻と、三代に渡って美竹教会に連なってこられました。お父様が召された後、お母様は33年間も美竹教会の家庭集会のために毎月ご自宅を提供してくださいました。Hさんは1970年にMさんと美竹教会で結婚され、1989年に受洗されました。Mさんの信仰にも背中を押され、Mさんを主のみもとに送られた後も礼拝生活を守り、教会を支えてこられました。私たちはHさんが座っておられた席を見ては礼拝を大切に守られていた姿を思い出し、委員会や教会学校にHさんの足跡を見出し、礼拝以外の集会も大切に参加することで教会の活動を支えてくださっていた姿勢に教えられます。

 

 この一年、教会によって葬儀が行われた方々のことも覚えます。Yさんのお連れ合い、Nさんが1月末に逝去され、美竹教会で葬儀が行われました。Nさんは中学、高校と青山学院に通われました。そこで受けた信仰に基づく教育が実りを結んだのではないでしょうか、18歳の時に洗礼を受けられました。後にYさんと結婚される時、Nさんがキリスト者であったことが結婚の決め手となったとYさんからうかがいました。信仰を礎に家庭を築かれ、尤克さんの信仰が後押しとなってYさんも受洗に導かれました。Nさんは、病で倒れられるその直前まで、ご夫妻揃って教会生活を送られていたと伺いました。

 

5月には、K長老のお母様、YKさんが逝去され、教会で葬儀が行われました。YKさんは9年前のクリスマスからKさんと共に美竹教会の礼拝に出席されるようになりました。施設に入られてからも、体調が許す限り、Kさんの支えによって礼拝に出席しておられました。作曲家であるYKさんが、水野源三さんの詩に曲を付けられた「主よ来たりたまえ」という曲は、礼拝の中で捧げられたり、愛餐会で歌われたこともありました。YKさんが晩年に、礼拝を共に守り、賜物を捧げてくださったこの会堂で、葬儀の礼拝を行い、お送りすることができたことは、慰めでありました。

 

8月には、教会員として既に召されたTさんのお連れ合い、Iさんが逝去され、教会として葬儀を執り行いました。Tさんは長く長老として務められ、特に教会学校のために尽力されました。多忙な日々の中で教会生活を貫かれたTさんを、Iさんはご家庭で支えておられたのだと思います。Tさんのご家族も、世代を超えて教会を支えてこられました。お母様は、横須賀におられた時に受洗され、東京に移られてから美竹の教会員となられました。その後Tさんが美竹教会で受洗され、Tさんの妹さんのご家族も美竹教会の会員でありました。Tさん、妹さんご一家を直接知る方はもう多くはないと思いますが、Iさんの死と葬りを通して、三世代に渡るご家族の信仰の軌跡に触れることができました。

 

この一年召された方々、そしてそれ以前に召された多くの信仰の先達の歩みと、世代から世代へと継承されてきた信仰に、私たちは連なっています。生涯という時間にはいつか終わりが来ることへの覚悟を抱きつつも、誰かを失うことへの恐れは私たちの中から消えません。大切な人の存在をもう見出すことができないという現実に直面することでその人の死を突き付けられる、そのような辛さを、私たちは幾度も味わってきました。その人の存在を見出すことができなくなる時が来る、そのまだ起きていない先の出来事に、今既に心が波立ってしまいます。互いに顔を見て、互いの声を聞きながら言葉を交わして、手を伸ばせば触れることができて、そのような交わりの中で結びつきを強めてきた相手に死が訪れると、互いの間をつないでいた道が奪われてしまったようで、穏やかでいられなくなります。

 

主イエスは、そのように死がもたらす現実に動揺する人の思いをよくご存じです。先ほど共にお聞きしましたヨハネによる福音書14章の箇所は、最後の晩餐の席上で、主イエスが弟子たちに語られた言葉です。主の言葉は14章から16章まで続き、17章で祈りを捧げられた後、主はゲッセマネの園に弟子たちと行かれ、そこで弟子の裏切りによって逮捕されます。14章からの箇所は、十字架の死が直ぐそこまで迫っている状況で主が弟子たちと共に最後に捧げられた礼拝と言えます。そこで語られた言葉は、別れの前に語られた説教と言えます。

 

主イエスの弟子たちはこの日、ただならぬ主の言葉や行動に戸惑っていました。師である主が自らたらいに水を汲んで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手拭いで足を拭いてくださいました。主は弟子たちに、弟子たちの一人が主イエスを裏切ろうとしていると言われました。今はご自分の民と共にいてくださる主のことを、やがて人は捜すようになると、主が行く所に人は行くことができないとも言われました。そして、私があなた方を愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさいと、命じられました。弟子たちは、主イエスを殺そうとする人々の動きがこのエルサレムで益々大きくなっていることを感じていましたので、この主の言葉と行いに、主が自分たちの手の届かない遠い所に行ってしまうのではないか、主に決定的なことが起こるのではないかと不安を募らせます。弟子たちはそれぞれ、主イエスに従うために、仕事も家族も後にして、生涯を主に捧げてここまできました。その主イエスを失うということは、幼子が親を失うに等しいことであります。心をかき乱され、これから起こるかもしれないことに怯え、動揺する弟子たちを見つめて主は、「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」と語られました。

 

死がこの先もたらす別れを思って心が波立ってしまうのは、誰にでもあることでしょう。「心を騒がせるな」とは、何事にも全く心が揺れてはならない、ということではありません。主イエスご自身も、ラザロの死を悲しんで泣き続ける姉妹と友人たちをご覧になった時に心を騒がせられたと聖書は伝えています。迫りつつあるご自分の死と向き合われた時も、弟子たちの中からご自分を裏切る者が出ることを見つめられた時も、心を騒がせられています。罪と死の力が、人々を捕らえ、為す術もないと嘆き悲しみの中に人々を引きずり込み、虚しさ、諦め、裏切りが人々の心を支配してしまうことに、主は幾度も心を騒がせ、苦しんでこられました。

 

「心を騒がせるな」という言葉は、文字通り訳せば「心をかき回されるな」となる、受動態の表現です。あなたがたの心をかき回すものに、あなたがたはされるままであってはならないと言われるのです。そうではなく、神さまへと心を向けなさい、そうして、私に心を向けなさいと呼び掛けます。湖の只中で嵐に揺さぶられた弟子たちのように、逆巻く波に呑み込まれ、水の底へと引きずり込まれるのを、そのままさせておくのではなく、共におられる主イエスへと目を向けるように語られます。

 

信じることと知ることが深く結びついていることを、主イエスは教えてこられました。見えない神さまを私たちが最も知ることができるのは、イエス・キリストを通してです。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(316)と主イエスは弟子たちに言われました。人となられた神のみ子イエス・キリストを知ることが、父なる神をも知ることになります。今日の箇所で主が言われるように、弟子たちは主イエスを知ることで、「今から、父(なる神)を知る」ことになります。それだけでなく、弟子たちは主イエスを知ってきたのですから「既に父(なる神)を見ている」のです(7節)。主イエスを知ることで、独り子をお与えになったほどに私たちを愛しておられる神さまの愛を知ります。愛してくださる神さまを知ることは、神さまを信じることへと私たちを導きます。

 

主イエスはこの日、死がもたらす別れに怯える弟子たちにこう言われます、「わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしの元に迎える。こうして、わたしのいる所にあなたがたもいることになる。わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている」(24節)。十字架で死なれ、三日の後に死者の中からよみがえられた主イエスは、40日に渡って弟子たちに現れてくださり、そして天に挙げられました。主イエスは今、天におられ、父なる神のみ前で、私たちの弁護者となって、私たちのために執り成しをしておられる。また主イエスは聖霊において、私たちと共におられる。聖書を通して私たちは主イエスをこのように知っています。そして、聖霊において共にいてくださる、生ける真の神である主の導きを、主イエスのみ名によって日々祈り求めています。

 

主はご自分が天に挙げられることを、「行ってあなたがたのために場所を用意しに行く」ためなのだと言われています。父なる神の家には私たちの住む所が沢山あるからと言われます。新共同訳が「住む所」と訳している言葉を、聖書協会共同訳は「住まい」と訳しています。住むための場所があるというよりも、そこが私たちの住まいです。「住む所」や「住まい」と訳されている元の言葉は、「留まるところ」を意味します。「留まる」という言葉は聖書で多くの場合、留まる場所を示すよりも関係を示すことに重きが置かれる言葉です。主イエスがご自分とのつながりや神さまとのつながりを言い表すために、よく用いておられる言葉です。主がそのために十字架で命を捨ててくださって、用意してくださったのは、私たちがそれぞれ一人で住まう場所ではなく、主イエスとのつながり、神さまとのつながりの中に留まるところであります。

 

主イエスと自分たちをつないできた道が、死によって奪われるのではないかと怯える弟子たちに主は、ご自分とのつながりは死によって断ち切られるものではないことを語ります。死の先もご自分とのつながりの中に永久に住まうことができるように、十字架に向かって踏み出してくださいました。死は、主イエスと弟子たちをつなぐ道を奪うことはできません。「わたしは道である」と言われる主が、道そのものとなってくださったからです。地上の歩みにおいても、死の只中でも、死を超えても、主イエスは私たちの道であり続けます。罪も、死も私たちから奪うことのできない方ご自身が、私たちをご自身につなげるつながりそのものです。私たちには進もうと思えば進める様々な道があります。しかし、主イエスという道こそが、主の言葉が真理であることを見出しながら進む道であり、命を与えられ、命を養われながら進む道であるのです。

 

私たちは、かがんで、埃だらけの足を一人一人洗い清めてくださったみ子が、十字架において私たち一人一人の罪を洗い清めてくださることで、み子に結び合わされています。み子によって、父なる神の家に住まいを備えられています。み子によって神さまに結び合わされ、神の子とされています。そのように神さまの家族に招き入れられた多くの神の子たちと共に、神さまの食卓に招かれます。私たちが共に捧げる地上の礼拝は、聖霊において共にいてくださるキリストによって、神さまのもとで捧げる礼拝に結び付けられます。私たちが地上で招かれる主の食卓は、天の食卓に結び付けられるのです。

 

 

私たちに先立って、信仰によって生涯を歩まれ、主イエスこそ道であることを証しした信仰の先達の後に、私たちも続いています。悲しみ、寂しさ、悔いる思いを抱えつつ、私たちは後に続きます。「心を騒がせるな。神を信じなさい。私をも信じなさい。」「わたしは道であり、真理であり、命である」と私たちにも語られる主イエス・キリストを共に仰ぎ、主の言葉によって道を見出してまいりましょう。