『信音』掲載エッセイ

『信音』掲載エッセイ · 07日 5月 2018
「一羽のすずめ」という讃美歌を聞いたことがあります。スウェーデン出身の歌手、レーナ・マリア・ヨハンソン(結婚して今はクリングヴァル)さんが日本公演で歌っているのを聴いた時です。レーナ・マリアさんは生まれつき両腕がなく、左足が右足の半分の長さしかなかったのですが、水泳でパラリンピック(1988年ソウル)のスウェーデン代表に選ばれ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形でそれぞれ入賞した経験をもっている方です。選手引退後は音楽大学に進み、歌手として世界を飛び回ってコンサートを開き、日本にも何度か来られてCDも販売されています。その中に日本語で歌われた曲が数曲あり、その一曲がこの「一羽の雀さえも」だったのです。 心くじけて、思い悩むこともあった、さみしく、天を仰ぐこともあった。けれども主イエスが私のまことの友であることを知っている。一羽の雀にさえ目を注いでおられる神が、このわたしを支えてくださっている。だから声高らかにうたう。ああ、一羽の小さな雀さえも守ってくださる神が、この私に目を注いでくださっている、と。

『信音』掲載エッセイ · 23日 4月 2018
 あなたがたは「世の光」「地の塩」である、とイエス・キリストは語っています。それは今居る場所で光として塩として生きることを促す言葉と言えるのです。では「塩」として生きるとは?  数年前のこと、伯方の塩で有名な瀬戸内海に浮かぶ大三島に行く機会があり、食塩がどうやって作られるか、工場見学をしました。